
我が下町中小工場の先輩!⑤
身命をかけた搬出阻止闘争の攻防!
西新井の蝶矢シャツ製造所争議
1929年の労働争議(読書メモ)
参照・協調会史料「蝶矢シャツ製造所西新井工場ノ労働争議ニ関スル件」
会社 蝶矢シャツ製造所西新井工場(大阪にも工場あり)
場所 足立郡西新井町
労働者数 男89名、女24名計113名
争議参加 約100名
労働組合 総同盟東京革工組合
原因 労働組合結成を破壊するため首謀者9名を解雇
発生日 1929年8月10日
東京府南足立郡西新井町の蝶矢シャツ製造所西新井工場の労働者は地域や隣接する他工場に比べ賃金が大幅に低かった。労働条件も劣悪であった。待遇改善を叫ぶ者が総同盟東京革工組合に加盟し、団結の力で職場の改善を実現しようと職場の約半数の労働者による労働組合発会式が計画された。これを察知した会社は、1929年8月10日、9名の労働者を首謀者だとして乱暴にもクビにしてきた。
11日、東京革工組合本部と相談した労働者側は徹底抗戦の決意を固め全員で出勤し、被解雇者も皆と一緒に仕事をしながら職場の仲間たちへの訴えや組合加入勧誘活動を熱心に行った。また会社に対して総同盟東京革工組合西新井第二支部として解雇撤回や賃上げなどの要求書を提出した。
14日、工場はこの日より被解雇者の朝の工場入場を拒んできたため、工場内では労働者は一斉にサボタージュの状態となった。これをみた会社は15日からの休業を発表した。会社側の態度に憤慨した労働者約100名は、16日午前6時30分ひそかに集り、午前7時、被解雇者も含め大挙して守衛の制止を振り切り工場内になだれ込んだ。構内デモや集会、演説、拍手など工場内は喧噪を極めた。組合は「町民諸氏に訴ふ」と題するビラ500枚を付近住民に配布した。
17日、会社は守衛の数を増強し、工場ロックアウト体制を強化した。しかし、翌日被解雇者を含めた全労働者は再び工場に突入し、これを阻止しようとする守衛とぶつかった。
(警察弾圧)
18日、会社は表向きは休業としながら、別の場所で生産を続けようと機械や原料・製品の搬出を狙っていた。争議団100名は工場門前で断固とした機械・原料搬出阻止ピケ闘争に起ちあがった。この日から千住署の弾圧が始まり、工場門で3名が不当に検束された。
(さらなる機械・原料搬出阻止闘争)
19日、工場側は多数の暴力的人夫を雇い入れ、機械・原料を7台のトラックで運ぶ大がかりな搬出をはかってきた。争議団数十名はこれを阻止せんと工場門前に揃い立ちふさがりピケを張った。争議団員は爆音を挙げて突進してくる7台のトラックの前に身を投げ出し、道路に身体を横たえるなど、文字通り死にもの狂いの抵抗をした。容赦なく暴力をふるう会社側の人夫により争議団員にけが人が続出した。
(全員解雇攻撃と工場襲撃)
20日、会社は内容証明書で全争議団員に対し解雇通知を送ってきた。21日からは工場の全面閉鎖も強行した。午前1時頃数十名の争議団と応援者が工場と会社社宅の非組合員宅に押し寄せ、ガラス戸4枚を破壊する投石事件があった。千住署は革工組合員一人を検束したが、証拠不十分で釈放された。
(支援要請)
21日、争議団60名は手分けして埼玉川口方面の多くの友好団体、労組にそれぞれ支援要請に出かけた。
(支援)
総同盟系の労働組合員90名部隊が支援に駆け付け、示威行動に出ようとして千住警官隊に阻止された。27日争議団は地域住民向けのビラを配布し、30日夜の争議支援演説会を計画した。
(警察弾圧8名検挙)
28日、千住署は21日の争議団による工場と社宅襲撃事件で暴力行為等処罰に関する法違反として争議団員(17歳)と支援7名(16歳から25歳)を検挙し検事局に送致した。
(赤松常子ら弁士、約500名の大演説会)
8月30日午後7時、西新井の寄席大喜の館にて「争議真相発表演説会」を開催した。実に約500名もの労働者が押し寄せ大成功であった。争議団・組合員約100名と応援労組員・地域住民約400名は蝶矢シャツ工場主の横暴に争議団と共に怒り、また争議団に大いに同情を寄せた。総同盟本部婦人聯盟の幹部赤松常子らの魂を震わせる訴えに聴衆は大きな感動を覚えた。あせった臨監警察は10名の弁士のうち4名の弁士に中止命令をだした。この日の演説会は夜11時まで4時間も続いた。
(取引先企業に要請)
9月2日、争議団20名は向島の工場長宅を訪問し面会を求めたが、向島警察署が「不穏当なり」と弾圧してきた。争議団は続いて、蝶矢シャツ製造所と取引のある同じ本所区向島にある4ヶ所の取引先や下請けの工場を訪問して争議への同情と支援を要請した。
4日、午後8時30分ごろ争議団の二人の19才と27才の若者がカラー下請け業者に会い、「今回の争議に不誠意極まりない」と糾弾した。かけつけた向島警察警官が二人を検束した。
(紡織工場労働者に宣伝)
争議団は、同じ西新井町の日清紡績工場の労働者の組織化と争議支援を求めて、9月3日朝、出勤してくる日清紡績労働者に門前でビラを配布し、同じ労働者として共に起ちあがろうと呼びかけた。
(三越呉服店前で訴える)
9月9日、争議団はシャツカラー製品の納め先である日本橋三越呉服店前で蝶矢シャツ製造所を糾弾するビラを大々的に配布し世間に広く訴えた。
(西新井大師で祈願と称する大示威行動計画)
9月21日争議団は、西新井大師の縁日の雑踏に乗じた祈願と称する一大デモを敢行しようとしたが、所轄千住署は、警察官108名を大動員して争議団本部を包囲しながら示威行動は阻止してきた。夕刻労働者は争議団本部前に続々と集まってきた。夜8時には120名以上の労働者が、「工場主の横暴!」「警察の不当取締!」等々と絶叫し労働歌を高唱した。臨監警察は中止と解散を命じ組合代表2名を検束する弾圧をしてきた。
(西新井町長に斡旋を働きかける町議員有志)
西新井町町会議員の有志が、蝶矢シャツ争議解決のため西新井町長の斡旋を働きかける動きが出てきた。蝶矢シャツ工場閉鎖は付近の商店にも大きな影響と町の財政にも影響がでることから5.6名の議員有志が熱心に動きだした。
(再び機械・原料搬出阻止闘争)
9月25日午前9時40分頃、会社は再び自動車で工場から製品等を搬出したことで争議団の阻止闘争が組まれた。この日も争議団は体を張って自動車の前で抵抗したが千住警察官によって排除された。
(非合法直接行動事件頻発)
2名の何者かが、スト破りの会社側運転手を本木町にある銭湯の帰りを待ち伏せ、暴行を加えた。また会社に味方する取引工場に「一青年」からの取引停止を求める手紙(下)が届いた。ある取引工場は投石でガラス戸が破壊され、工場壁に赤ペンキで「取引を中止しろ」と落書きがされた。27日には巣鴨の工場支配人宅が投石で玄関脇の応接間の窓ガラスが壊され、警官が犯人を追ったが逮捕は出来なかった。28日深夜には工場の複数の自動車のタイヤがパンクさせられ、更に車輪が燃やされる事件など非合法直接行動事件が次々に起こった。千住警察はいずれも争議団と応援労働組合の仕業とみている。
(一青年の手紙)
・・・今回の蝶矢シャツの争議は社会正義を蹂躙する鬼資本家を反省せしめる為に、正義の為に、真剣なる労働者が国家の富を築かんが為に、真剣なる無産階級の正義の闘争である。・・・鬼に味方して悪を助けんとする奴らは、やはり切って捨てなければならぬ。之が意識的であれ、喰う為であれ、やむを得ぬ。我々は敢えて事を好むものではない。幾回となく君等方の良心を呼び起こさんと吾々同志は手を尽くした筈だ。吾々は真剣だ。決して浮薄ではないぞ。今後なお鬼共の味方となるならば仕方がない。蝶矢の同志二百名の身命の為に君等の〇〇を貰ひに行かなければならぬ事になるぞ。赤穂の浪士にあらずと云えども社会正義を願う事に真剣なる事は彼らに一歩も劣る者でない事を、君等はハッキリ認識して態度を決し給ひ。後で後悔役に立たずと云ふ事を知れ
真剣なる正義の
真剣に罪悪を憎む
一青年
(行商)
蝶矢シャツ争議団は28日より行商を開始した。地元の住民はこぞって争議団の行商の品物を買い求め闘いを支えた。会社を追い詰めるためにも行商を東京市全域に拡げ争議の宣伝をしようとみなは決意を固めた。
(大阪工場労働者も呼応する動き)
直近、蝶矢シャツ製造所大阪工場にも西新井工場争議に呼応して起ちあがろうとする労働者の動きが出てきた。これには会社は大変あせり厳重警戒体制を敷いた。
(警察弾圧)
10月1日、会社は再び機械搬出を行った。シンガーミシン社員らを使い機械のさび止めと称し、実は機械の工場外への搬出だった。争議団は即座に全方面に動員をかけて徹底的に体を張って機械の搬入を阻止した。突進してくる機械を乗せた自動車の前に約50名の争議団員が自動車の前面に折り重なって、あるいはこれに掴まり搬出を止めた。千住署は、その場で10名を暴力行為等処罰の現行犯で検挙した。10名は検事局に送致された。
(千住町会緊急動議の決議)
千住町会は議員5名の緊急動議により全員一致による蝶矢シャツ製造所西新井工場争議の調停委員4名を選定した。10月2日調停委員4名は千住警察署に行き争議斡旋を申し入れた。しかし、会社の強硬なる態度の為、今後の斡旋は見込みがつかない状態だ。
*以降の経過と結末は不明です。
以上