
共産党幹部の妻ら女性車掌3名を解雇
目蒲電鉄経営乗合自動車
1929年の労働争議(読書メモ)
写真・労秘第二七二五号 警視総監丸山鶴吉
参照・協調会史料「目蒲電鉄経営乗合自動車従業員解雇ニ伴フ紛議ニ関スル件」
1、目蒲東横電鉄株式会社の情け容赦ない組合攻撃
1928年3.15事件弾圧の過程で、官憲の組合幹部への無慈悲な検挙と「全東京暗黒化陰謀」なるデッチあげにより壊滅させられた戦闘的労働組合の一千名関東電気労働組合。目蒲東横電鉄株式会社でも関東電気労働組合の分会ということで当局と官憲の組合攻撃が続いた。情け容赦のない仕打ちであった。この際左翼分子を職場から一掃してやると会社は、自治会目蒲東横支部に対しても一寸した事故や暴力事件をでっちあげては一般組合員や市電自治会本部派の組合幹部14名への解雇など連続した攻撃が続いた。運転手、車掌200名は東京市電自治会本部派の支援のもと職場の労働運動のために奮闘していた。12月、会社は更に3名の組合員をクビにしてきた。1929年も前年から引き続く評議会系労働組合や市電自治会本部派など左派組合への組合攻撃が続いた。職場の労働者150名は連名署名で解雇された仲間の復職を求める嘆願書を提出した。
1928年3.15事件と関東電気労組弾圧
目黒蒲田・東京横浜電鉄会社労働争議—1928年の労働争議
(自治会目蒲東横支部の職場ビラ)
親愛なる目蒲東横全八百の従業員諸君に訴える
・・・私達を馘首するに際して会社の理由は・・"奴らは日頃からともすると不穏な言辞を弄し・・・" 等だと。
親愛なる諸君!!
私どもは一日中骨身惜しまず12時間も13時間も働いて一円はおろか高々7.80銭しか貰えぬ。もう少し給料を多くしてくれ! 勤務時間を短くして休みを多くしろ!と叫びました。・・微力ではあったが戦いました。
だがそれが果たして会社のいうがごとく「不穏な言辞」を弄し、「不穏な行動」でしょうか?
・・親愛なる全線の兄弟諸君!!
かつて電路の兄弟二名を馘首し、青山城動二名を一寸した事故で首を切り、組合の大切な幹部十四名を「暴行事件」の名で私どもから奪い、しかもそれに憤激して結束した私共従業員を権力によって抑圧してきたのは誰か?
又切望した嘆願の大部分を踏みにじり、従業員大会を威圧し交渉員七名と活動的な兄弟を片っ端から検束し去り、一方において酒甘言で切り崩しに奔走したのは果たして誰か?
目蒲電鉄会社ではなかったか?同時にその手先となり、忠実な御用ぶりを発揮したのは官憲と一部の裏切者ではなかったか?
然らば不穏な「行動」「言辞」はむしろ、そんなにいう会社自らが背負うにふさわしいのではないか!
・・最後に親愛なる全兄弟諸君よ!
我等の行く路は荊と棘に満ち「光明」は尚未だ遠くあるとも、我等が「正義と必然の道」を歩み、団結と力をもって進むかぎり「未来」は必ず我等のものです。
全目蒲東横従業員団結万歳!
全郊外電鉄従業員団結万歳!
1929.1.15
(御用組合の策動)
一方、かねてから職場の中の市電本部派組合、自治会目蒲東横支部に反発し、右派の市電現実同盟を作り組合を分裂させようと画策していた裏切り者数名が、今回の会社の左翼分子一掃をチャンスとばかりに動きだした。しかし、現実同盟派設立は困難だと判断した彼らは、1929年1月16日、単独組合「目蒲東横電鉄従業員組合」設立に向けて着手した。
2、11月共産党幹部の妻ら女性車掌3名を解雇
会社 目黒蒲田電鉄株式会社
乗合自動車 大井駅~荏原町駅
乗合自動車部 運転手14名 助手4名 女性車掌16名 計34名
労働組合 自動車従業員同盟
会社のさらなる攻撃が続いた。1929年11月目蒲電鉄経営乗合自動車は、車掌、森井歌子、川井鈴子、野村ハルの女性三名を業務上の都合により解雇してきたが、本当の理由は三名とも共産党被告と左翼組合幹部の内妻であることが警察情報から知らされたことにあった。三名はそくざに不当解雇だと闘いはじめた。
(敢然と闘う女子車掌三名)
森井歌子(鍋山貞親の内妻)
川井鈴子(中村義明の内妻)
野村ハル(自動車従業員同盟幹部吉野柾吾の内妻)
この間の一連の共産党弾圧が続く中で、警察は目蒲電鉄の女性三名を左翼一派と関係のある厳重視察者とした。警察情報を知らされた会社は11月10日、業務都合によるという表向きの理由で三名を解雇してきた。この年の6月以来車掌として真面目に働いていた三名は不当解雇だと主張し、引き続き出勤することを告げ解雇予告手当等をつき返そうとするが会社は受け取りを拒否した。11月14日解雇予告手当を郵送で返送した三名は毅然として会社と連日交渉を続けた。
(解決)
11月27日、会社が解雇予告手当以外に一人金廿五円の同情金を支給することでひとまず解決した。
以上